「自立」と「依存」は対立しない― 頼ることと、選べることは違う ―

「もっと自立したい」

そう口にするママたちに、これまで何人も出会ってきました。

でも同時に、こうも言います。

「私は人に頼ってばかりで…」
「夫がいないと何も決められなくて…」
「自信がなくて…」

そのたびに、私は思うのです。
頼ることは、本当に“悪”なのでしょうか。

目次

依存は悪ではない。でも「選べない状態」はリスク

私は、依存そのものが問題だとは思っていません。

人は誰しも、誰かに支えられて生きています。
家族、友人、社会制度、コミュニティ。

問題は、「頼っていること」ではなく、“それしか選択肢がない状態” です。

整理すると、こうなります。

状態中身安定性
健全な依存自分で選んで頼っている高い
無自覚な依存他に選択肢がない低い

たとえば、「今は家族を優先したいから働かない」と決めているのなら、それは主体的な選択です。

でも、
「働く自信がないから動けない」
「もし何かあっても、どうしようもない」

そう感じているなら、それは少しだけ危うい。
頼ることと、選べないことは違います。

なぜ“自分で決める”のが怖くなるのか

多くの女性と話していて感じるのは、能力がないわけではない、ということ。
むしろ、スキルも経験もある人がほとんどです。

それでも動けない。その背景には、

・失敗したらどうしよう
・迷惑をかけたくない
・どうせ私なんて

という思考があります。

長く「良い子」でいることを求められ、波風を立てないことを評価され、誰かの期待に応えることを優先してきた。
そうしているうちに、“自分で決める筋肉”が少し弱ってしまう。

でもそれは、欠点ではありません。
ただ、使っていなかっただけです。

Re:mama (リママ)は「自立の完成形」ではない

Re:mamaは、バリバリ稼ぐ場所でも、起業家を育てる塾でもありません。

ここは、小さく決める練習の場 です。

・この仕事を受けるかどうか、自分で決める
・この金額が妥当かどうか、理解する
・この納期を守れるかどうか、考える

一つひとつは小さなことです。

でも、その積み重ねが「私は自分で決められる」という感覚を育てていきます。

自立は、ある日突然完成するものではありません。
日々の小さな選択の積み重ねです。

頼る力と、稼ぐ力は両立する

本当の自立は、誰にも頼らないことではありません。
頼るかどうかを、自分で選べること です。

今日は頼る。でも、明日は自分でやってみる。
今は家庭を優先する。でも、スキルは磨き続ける。

依存か自立か、という二択ではなく、グラデーションの中で自分の位置を選べること。

それが、しなやかな強さだと思っています。


Re:mamaは、誰かを“強くする場所”ではありません。

ただ、「できるかもしれない」と思える瞬間を増やす場所です。
頼ることをやめる必要はありません。

でも、もし少しでも「自分で決められるようになりたい」と思うなら。

その一歩を、一緒に踏み出せたらうれしいです。

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